ひとりでは、たどり着けない言葉

休みの日、何をしてもいいと決めた朝ほど、結局なにもしないまま、夕方になっていることがある。

何でも選べる、というのは、思っていたほど身軽ではないらしい。どこへ行ってもいい。何を選んでもいい。誰にも止められない。自由そうなのに、いざその前に立つと、足が地につかない。選ぶための手がかりが、どこにもないのだ。

ひとりのほうが、気を使わなくてよかった。誰かに合わせなくていい。自分の気持ちを説明しなくてもいい。自分のことは、自分だけで決めればいい。

けれど、ひとりで考えているだけでは、見つからない言葉もある。

人と話しているときのことを思う。

自分の言いたいことを、自由に話していい。けれど、相手の言葉を聞かずに、自分の言葉だけを話し続けていれば、言葉は行き来しない。反対に、相手に合わせることばかり考えて、自分の言葉を飲み込んでいても、話しているようで、どこかに自分がいなくなってしまう。

人と話すというのは、ただ順番に言葉を出すことではないらしい。

相手の言葉を受け取る。その言葉によって、自分のなかに何かが生まれる。そして、生まれたものを、自分の言葉で相手に返していく。

その行き来のなかで、ひとりではたどり着けなかった言葉が、少しずつ形になっていく。

相手が答えをくれるわけではない。けれど、相手の言葉に触れることで、自分のなかにあったものが、初めて見えることがある。

ひとりでいることが、間違っていたわけではない。ひとりだったから、守れたものもある。静かに考えられたこともある。

ただ、ひとりだけでは、届かなかった言葉もあった。

あなたのいまの言葉は、誰との行き来のなかで、生まれたものだろう。

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