わからないままにしておく

信じていた人に、何かが起きた。
正確に言えば、何かが起きたのではなく、見えていなかったものが見えた、ということだと思う。その人が変わったわけではない。もとからそこにあったものが、ある出来事をきっかけに、輪郭を持ちはじめた。
そのとき、頭の中で何かがぐるぐると回り始めた。
なぜ、という問いが、答えのないまま何度も戻ってくる。仕事をしていても、誰かと話していても、気づけばまたそこに引き戻されている。意識が勝手にそこへ向かっていく。自分でコントロールできる場所に、もうなかった。
問い続けるのは、どこかに答えがあると信じているからだ。見つかれば納得できると思っている。でも探せば探すほど、摑めるものが何もないことだけがはっきりしていく。それでも問いは止まらない。その消耗だけが、静かに積み重なっていった。
怒れれば、まだ楽だったかもしれない。
でも、その人を責める気持ちにはなれなかった。その人にはその人の事情があった。自分には見えていない何かがあったのだろう、という気配だけが残った。だから怒りではなく、悲しみだった。
責めないと決めたからといって、悲しみが消えるわけではない。その二つは別のところにある。そのことに気づくのに、少し時間がかかった。
その人を、自分が望むようには変えられない。
そのことは、頭ではずっとわかっていた。でも、わかっていることと、受け入れられることの間には、思っているより大きな距離がある。全部含めて受け入れられる人間になれれば、と思った。でも、なれなかった。その届かなさを、しばらく自分への責めにしていた。
手放したのは、あきらめではなかったと思う。
その人の事情も、自分の限界も、両方そのままにしておく、という選択だった。ぐるぐるはいつの間にか静かになっていた。完全に晴れたわけではない。でも、晴れなくてもいいと思えたとき、少しだけ、足元が戻ってきた。
悲しみは、まだある。
でも今は、その悲しみに答えを求めていない。

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