——怒りの先に悲しみがあるように
誰かに批判された時、最初は「否定された」と感じた。
「なぜこんなことを言うんだろう」とモヤモヤしながら、ふと立ち止まって考えた。その人が本当に求めていたのは何だったんだろう、と。
すると見えてきたのは、承認だったり、安心だったり——批判はあくまで手段で、その裏側に満たされていないニーズがあったのだと気づいた。
NVC(非暴力コミュニケーション)はそのことを教えてくれる。怒りの裏側に悲しみがあるように、人の行動の裏側には必ずニーズがある、と。
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これは他者だけの話ではなかった。
「責任をきちんと果たしたい」という自分の気持ちの裏側を辿っていくと、「果たさないと責められるかもしれない」という恐れがあった。そしてその恐れの裏側には、「穏やかでいたい」「安心していたい」というニーズがあった。
表面だけ見ていたら、ただの責任感だと思っていたものが、実は自分を守ろうとするニーズだったのだ。
誰に対してもいい顔をしてしまう自分がいる。関係を壊したくない、嫌な人間に見られたくない——そう思って動いていたけれど、その裏側にあったのは「安心していたい」というシンプルなニーズだった。
頭ではわかっていても、なかなか線引きできない。でもそのニーズに気づいてからは、少しだけ自分に優しくなれた気がする。
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言葉の裏側を見ることは、相手を責めるためでも、自分を責めるためでもない。
ただ、もう一層深くに降りてみること。
その視点が持てた時、他者への理解が少し柔らかくなった。そして自分の行動の本当の動機に気づいた時、不思議と穏やかな気持ちになれた。
視野が広がるとは、遠くを見ることではなく、深く見ることなのかもしれない。


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