言葉の裏側を見る

自己理解

——怒りの先に悲しみがあるように

誰かに批判された時、最初は「否定された」と感じた。

「なぜこんなことを言うんだろう」とモヤモヤしながら、ふと立ち止まって考えた。その人が本当に求めていたのは何だったんだろう、と。

すると見えてきたのは、承認だったり、安心だったり——批判はあくまで手段で、その裏側に満たされていないニーズがあったのだと気づいた。

NVC(非暴力コミュニケーション)はそのことを教えてくれる。怒りの裏側に悲しみがあるように、人の行動の裏側には必ずニーズがある、と。

* * *

これは他者だけの話ではなかった。

「責任をきちんと果たしたい」という自分の気持ちの裏側を辿っていくと、「果たさないと責められるかもしれない」という恐れがあった。そしてその恐れの裏側には、「穏やかでいたい」「安心していたい」というニーズがあった。

表面だけ見ていたら、ただの責任感だと思っていたものが、実は自分を守ろうとするニーズだったのだ。

誰に対してもいい顔をしてしまう自分がいる。関係を壊したくない、嫌な人間に見られたくない——そう思って動いていたけれど、その裏側にあったのは「安心していたい」というシンプルなニーズだった。

頭ではわかっていても、なかなか線引きできない。でもそのニーズに気づいてからは、少しだけ自分に優しくなれた気がする。

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言葉の裏側を見ることは、相手を責めるためでも、自分を責めるためでもない。

ただ、もう一層深くに降りてみること。

その視点が持てた時、他者への理解が少し柔らかくなった。そして自分の行動の本当の動機に気づいた時、不思議と穏やかな気持ちになれた。

視野が広がるとは、遠くを見ることではなく、深く見ることなのかもしれない。

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